アジャイルは想いである
「アジャイルは想いである」とは、私の持論です。
私たちが日々関わっているシステムやサービスには、利益や満足を得ることを目的とした【顧客】が必ず存在します。その【顧客】が持つシステムやサービスへの想い、そして、私たち自身の想いを実現するための手段がアジャイルです。
アジャイルは、想いを実現するための指針を示すものであり、実現への近道であると考えます。
だれのために
ここでいう【顧客】とは、システムやサービスを実際に操作して必要な情報を収集する人や、システムやサービスから得た情報を活用して経営戦略をたてる人など、システムやサービスに関わる人が顧客にあてはまります。
一般的に【顧客】というと、多くの人が、システムやサービスを利用する人を想像すると思いますが、実際にはそれだけではありません。
例えば、私は札幌でシステム開発に携わっていますが、札幌の受注形態は、首都圏の大きな案件を大手ベンダが受注し、複数の中小IT企業が一部を下請けする形態が多いという特徴があります。
その中で、中小IT企業から見ると、発注元である大手ベンダの担当者も「動くものを提供する」という意味で【顧客】となり、さらには、所属する会社やチームのメンバも【顧客】となります。
このように、一言で【顧客】と言っても、さまざまな立場や役割の人たちが【顧客】になるのです。そして【顧客】それぞれがさまざまな想いを抱き、その想いを実現するために切磋琢磨しています。
さまざまな【顧客】を見つけ、その人たちの想いを感じとることが、アジャイルの最初の一歩であると考えます。
なんのために
顧客の想いを感じとることで、顧客が本当にほしいものが見えてきます。
システム開発の現場では、「こういう機能がほしい」という要望から、仕様という形で依頼を受けることが多いですが、機能というキーワードが出た時点で、既にシステムとして構築することを前提とした依頼になっています。
しかし、ここで考えるべきことがあります。
顧客は本当にその【機能】がほしいのだろうか?
顧客が本当にほしいものは、機能ではなく、その機能によってもたらされる利益や満足などの【効果】がほしいのです。
単に仕様を理解するだけでなく、本当にその機能が必要なのかを考えることが大切です。
以前、このような依頼がありました。
既に導入されているシステムに集計機能を追加してほしいという依頼でした。しかし、担当者との打ち合わせを重ねていくうちに、本当にほしいものはシステムの機能ではなく、Excelシートに集計ボタンをつけて数式を入れるだけで作業の効率化が実現できるという単純なものでした。
もちろん、この提案は受け入れられました。
この事例では、早く安く提供ができて、尚且つ作業の効率化が実現できたという大きな成果がありました。しかし、得られたものはそれだけではありませんでした。
「良いものをいっしょに考えてくれる」「漠然とした要望を具現化してくれる」といった顧客にとっての満足感や安心感を提供することができました。
そして、私たちは最も大切な「ありがとう」の言葉をいただきました。
顧客が本当にほしい【効果】を実現し、心からの【ありがとう】をいただくことが、アジャイルの本質であると考えます。
なにをすべきか
私たちは、システム開発を通じて、顧客の漠然とした要望を噛み砕いて具現化し、顧客の利益や満足、そしてその先にある【効果】を生み出すことを目的としています。
では、どのようにして顧客の漠然とした要望を具現化していくのか、実際に私が実践している取り組みを紹介していきます。
現状把握
はじめに、現状がどうなっているのかを把握します。
システムやサービスを利用する人はどのような人なのか。
普段から毎日のようにパソコンを使っている人だけが利用するのと、パソコンをあまり使ったことがない人が利用するのでは、ユーザインタフェースが大きく変わってきます。
現状を把握せずに計画を立てることは、既に計画とは言えず、初動の段階から“失敗”という文字が浮き出たままやみくもに突っ走ることになります。
やはり、現状を把握することは、以降の工程を進めていく上でとても重要なことなのです。
分析(分類)
現状把握ができると、システムとして具現化するために必要な要素がそろってきます。
しかし、この要素には本当に必要な要素と、今はまだ必要ではない要素が混在しています。
そこで、いくつかのグループに要素を分類していきます。
グループは「できること・できないこと」、「あること・ないこと」など、さまざまな形で分類することができますが、ここではきっちりと分けることはあえて考えません。もし分類が難しい要素がある場合には「その他」としてもかまいません。
こうすることで、多くの時間をかけず、割と気軽に要素を分類することができます。
目標設定
要素を分類すると、本当に必要な要素が見えてきます。
ここでは、本当に必要で重要な要素だけに注目し、システムとして顧客へ提供すべき形を想定します。
まずは最終形となる大きな目標を設定し、現状を意識しながら目標を達成するための課程(やるべきこと)に細分化(チェックポイントを設定)していきます。細分化したものは小さな目標として設定し、ひとつずつ段階を踏むことにより、大きな目標を達成する青写真をイメージすることができます。
よく陥る罠として、現状が忘れ去られ、最初のチェックポイントにも届きそうもない目標が設定されることがあります。
正しく現状を把握し、本当に必要で重要な要素から目標を設定することが大切です。
実行(発信)
目標を設定することで、やるべきことがはっきりと見えてきます。
大きな目標に向けて細分化したチェックポイントへ着実に進めていきます。
システムの開発では、設計・実装・テスト、と進めていきますが、それに加えて【発信】が大きな役割を果たします。
小さな単位で顧客に機能を提供していくことや、作業タスクと進捗をカンバンで見える化することで、見えるモノとして安心を提供することができますが、必ず見えないものも存在しています。
例えば、リリースからリリースまでの間の動きや、開発中のメンバ同士の認識の相違がそれにあたります。
この見えないものを埋めるために、簡単なところでは、「あと〇日で終わります」「こういう認識は正しいですか」など、見える化で表現できていない小さなことでも、自分から発信することで、最終的には顧客にプラスアルファの安心を提供することができます。
顧客に対しても同様で、メールや口頭での要望に対して、正式な回答でなくても、すばやく返信することが安心に繋がります。「正式な回答は××日までにします」という内容でも構わないので、まず発信することで、少しでも見えないものを埋めることができます。
レスポンスの早さもひとつの【発信】なのです。
見えるモノとしての安心と、精神的な心の安心が合わさって本当の安心になっていきます。
フィードバック
安心を提供するための発信はまだまだ終わりません。
見えるモノを届けたときから、次の発信がはじまります。
リリースしたモノは、必ずといって、思い通りの見た目・動き・結果にならないことが多いのです。そこで、できる限り動くモノを触ってもらい、当初想定していたものとの相違を引き出していきます。
ここで必要なことは、見て触ってもらうための工夫です。
例えば、業務に沿った手順や画面遷移の図を添えてあげることがそれにあたります。作業工数のかかるような手間や立派な資料は必要ありません。非常に簡単なもので、全体の流れや動きがわかるものであれば良いのです。
フィードバックは、システム開発の中でも、当初予定のモノを作り上げる工程よりもさらに重要な工程なのです。このフィードバック如何によってシステムの価値が大きく変わると言っても過言ではありません。
普段のちょっとした心遣いが、システムの価値を左右するフィードバックに繋がっていきます。
振り返り
フィードバックは次に活かさなければ意味がありません。
当初予定した時点と現時点では、周りの環境も変わり、要求も変わります。もちろん状況によって異なりますが、大きな変化もあれば小さな変化もあります。
このような場合は、必ず、当初の予定と現時点の実績を比較して、どのような変化が生じたかを把握する必要があります。
その変化の状態により、改善すべきこと・新たにやるべきことが明確になっていきます。
この工程は、最初の<現状把握>とオーバーラップするため、振り返りながら現状を把握して次のステップへと進むことができます。
このように、
現状把握 – 分析(分類) – 目標設定 – 実行(発信) – フィードバック – 振り返り
と段階的に進めていきます。
さらに<振り返り>から<現状把握>へとつながり、次のステップへと繰り返していきます。
これにより、漠然とした要望を具現化し、その先にある【効果】を生み出すことができるのです。
この一連の流れは、普段からみなさんが取り組んでいる方法となんら変わらないと思われたかもしれません。
まさにその通りです。
新しい方法を提示しているのではなく、例えば、<実行(発信)>の「普段から実践している発信に対して、少しだけレスポンスを早くしてみる」などのちょっとしたスパイスを加えるだけで、ひと味もふた味も変えることができるということです。
また、ここではシステム開発について伝えてきましたが、見方を変えると、問題解決や目標達成などさまざまな場面で活用することができます。
例えば、スポーツの中でもこの方法を活用できます。
私は学生のころからバスケットボールのプレーヤーとしてスポーツを楽しんでいますが、バスケットボールがうまくなるために、以下のようなプロセスで進めています。
- まずは自分にできること・できないことを認識し(現状把握)
- 今、身につけるべき技術を把握します(分析)
- そして、チームが試合に勝つことを思い描き(目標設定)
- ひとつひとつの練習を積み重ねることで技術を身につけていきます(実行)
- このとき、練習で実際に試してみること(発信)
- それによってうまくできたか・チームの役に立っているかを得て(フィードバック)
- 改善すべきこと・次にやるべきことを考えます(振り返り→現状把握)
新しいことは何も無いのです。自分たちでスパイスを加えて、今まで以上の【効果】を生み出していく試みこそがアジャイルであると考えます。
そして、どこに向かうのか
これまで、システムやサービスは、「紙媒体を減らす」、「データを貯める」、「すばやくデータを閲覧する」といった初期段階のIT化からはじまり、「使いやすいユーザインタフェース」、「分析しやすいアウトプット」、「効率化のためのデータ連携」といった機能面の充実へと変化してきました。
さらに、最近ではSNSなどを利用して、必要な情報を必要なときにすばやく収集することができる環境になっています。
言い換えると、ユーザが思い描く価値や効果を生み出すためのシステムやサービスが必要とされているということなのです。さらに、時代の流れや環境の改善により価値や効果は日々変化しています。
このような変化に適応しながら新しいものを生み出すために、これからのシステム開発では、機能面の充実に加えて、精神的な心の安心を提供して顧客との信頼関係を築き、システムに関わる人たちの想いを実現するための取り組みが重要と考えます。
そのために選択すべき手段のひとつがアジャイルであり、アジャイルを選択する際に私たちが忘れてはならない一番大切なものが【想い】なのです。
「アジャイルは想いである」
おわりに
アジャイルと出逢って10年以上が経ちます。
ようやくわかりかけてきたアジャイルではありますが常に探求の日々でした。
「常に変化する環境に適応しながら、顧客にとって価値のあるソフトウェアを早く提供し、成長し続ける」
わかるようでわからない。何かが足りない。
そんなある日、ふとひとつ上の視点で考えてみると、システム開発の範囲に留まらないもっと大切なものが見えてきました。
その大切なものは、例にあげたスポーツの分野でも、家族や恋人との関わりでも、さまざまな場面で必要なものであり、さらに、まだ到達していないアジャイルの世界に踏み込むためのキーワードでもありました。
それは “想い” です。
だれかのために心を使い、自分も成長していきたい。そんな想いで書き上げました。
「思」の“田”は頭脳を表し、頭と心を使って考えることを意味しています。
それに対して「想」の“相”は「木を見る」ことを表し、相手などの対象に対して心で思いをはせることを意味しています。
この記事を書いた人
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トラスティア株式会社 専務取締役
テクニカルディレクター
長期に渡り、アジャイル開発を推進・実行しています。
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